早いもので、もう明日から11月だ。
5月から続けてきたクールビズも今日で終わり。明日からはネクタイ着用となる。
11月の別名は霜月で、その語源は文字通り霜が降り始める頃という説が有力だが、
なかには異説もある。
例えば、11月下旬に行われる新嘗祭(にいなめさい)の際に、
その年の収穫を神に感謝する「食物月(おしものつき)」が転じたという説もある。
一方、日が短くなり、太陽の光が弱くなって
「ものがしぼむ月」が語源という説もあるらしい。
いずれにしても霜月は元来旧暦の呼び名だから、
実際には11月末から1月上旬の頃のことで、
霜が降り始める月という説が有力なのもうなずける。
その霜月自体にも別名があって、仲冬、神帰月、神楽月、子月などがある。
仲冬は仲秋があるくらいだから、あっても不思議はない。
旧暦の11月は冬の真ん中に違いない。
神帰月も、10月が神無月だから、
出雲退社から神が帰ってくる月という意味でわかりやすい。
神楽月は、旧暦の冬至に神楽が盛んだったことに由来する。
子月(ねづき)は星座からきているらしい。
北斗七星の取手が真下の北を向き、それを年の始めとしていたことから、
11月を子月と呼んだらしい。
帰ったらネクタイとスーツを確認しなければならない。
クールビズの普及で衣替えの習慣が廃れた気もするが、
霜月になったらネクタイを締める習慣が定着するなら、
ネクタイ月という呼び名はどうだろう。
郡内織物の普及には貢献すると思うが、
男女共同参画社会推進者からはきっと反対されるだろう。
軸とはコマでいえば、心棒のことで、最初の回転を生み出し、
これが停まればコマは回転を止めるし、これがフラフラすればコマは不安定になる。
「軸がブレる」とは、その心棒がフラついて不安定となった状態のことで、
回転スピードを保って心棒を安定さることができれば、コマは回り続ける。
先週、ある会議で、商工会の支援の範囲や深度のことで気になる話を聞いた。
ある新人職員から、
「どこまで支援すればいいのか」
という素朴な疑問の相談らしいが、
もし聞かれれば「支援のできるところまで」と答えるしかない。
「できるところまで」というのは、職員の力を発揮し、専門家の力を借りるなどして、
課題等が解決するまでというのが望ましいが、解決できない課題もあるから、
会員事業所も納得し、ある程度方向性等が見えて一区切りがつくまでがベターだと思う。
悩むのは、突き詰めれば、どこまで深く掘り下げて支援するのか、とか、
いつまで支援を続ければいいのか、
といった類の悩みだと思う。
会員数は多い。一人に会員にどこまでも関わっていられない、
というジレンマはわからないではない。
しかし、商工会の支援は、特に小規模事業者の場合、
単に事業の経営改善だけでは済まない場合が多い。
家庭環境から生活全般までを理解しないと、通り一遍の支援で終わってしまい、
課題の解決まで踏み込めない場合もある。
一事業所にいつまでも関わっていられない、という言い分は、
一種の「逃げ」で、何十という相談や支援や事業などが同時進行しているのが常態だ。
それに慣れて、いくつもの相談や事業やらを頭の中で整理して優先順位をつけ、
一つひとつこなしていくのが商工会の支援、事業だ。
もちろん時間やセンスや力量の制約があるのは当然だが、
確実にこなしていくことで、その全てが支援する職員の力として身に付き、
信頼の輪が広がっていく。
国の言う「伴走型支援」というのは、案外そんなことではないかと思う。
昨日、富士山の初雪化粧について書いたが、
盆地の西にそびえる南アルプスの3,000m級の山々も、先週初冠雪した。
平年より数日早いらしい。
朝、盆地から西の山々を見ると、
青霞に煙る山々の奥に、うっすらと雪化粧した山頂が望める。
盆地でも南アルプスに近づくほど前の山々が邪魔して見づらくなる。
盆地でも東の方から見ると見やすいのかもしれない。
ニュースで、仙丈ケ岳、塩見岳など長野県側から見える山々の初冠雪が
報じられていたが、盆地から見えるのは甲斐駒ケ岳くらいだろうか。
大スライスで「ファー」と言っても逃げようのなかった相次ぐ迷走台風のあと、
フェーン現象が収まったら一気に秋が深まった気がする。
しかし、よく考えてみると、それも9月の話で、
このまま10月に台風が発生しないと、史上初らしい。
台風のメカニズムはよくわからないが、
海水温の上昇や上昇気流が関係しているのだろう。
この時期、3,000m級の山々の気温はどれ位なんだろう。
調べてみた。
北岳だと、今週の最低気温は既に氷点下だ。最高気温も氷点下に近い。
北岳の上空高度4,000mの付近は最高気温さえ、もちろんマイナスだから、
この季節に初冠雪するのも当然だ。
南アルプス連峰に雪が降り始めると、
盆地から見える山々の白と青のコントラストが見事だ。
それに気づくときは、比較的余裕があるときで、
目には入っていても、ただの景色として見過ごしてしまうときは、
心に余裕がないときだ。
南アルプスの山々の様子を気にできるような余裕を持ちたいと思う。
富士山がこの季節、最初の雪化粧をした。初雪化粧と言うらしい。
しかし、今日はそんな話ではなく、通勤途上の車の中での化粧の話だ。
先週、通勤に使う幹線道路がいつになく混んでいた。
何か事故でもあったのか、上りも下りも動いては停まり、動いては停まりの繰り返しだった。
そんなときは、ボーッとしているとチコちゃんに怒られるから、
ときどきスマホをいじったりもするが、それは道路交通法違反だから、めったにやらない。
その日はあまりに渋滞が続いていて、スマホにも飽きて、何気なく対向車を見ていた。
すると、対向車の赤い車の若い女性が、ハンドルは持たずに、
両手で一生懸命化粧をしている姿が目に入った。
まつ毛を何かの道具で上に向けているような仕草で、
後で調べたらビューラーという道具らしい。
一生懸命アゴを突き出し、フロントガラスに向かって何度もその道具を使っている。
どうも、サンバイザーの内側の鏡に向かって化粧しているようだ。
自動車会社も、サンバイザーの内側に鏡を仕込むとき、
よもや運転中にまつ毛までいじることは想定していなかったとは思うが、
それがなくても、ルームミラーをちょっと傾ければ同じことだから、
車内化粧には環境は整っている。
ただし、周囲の車からは「まる見え」だから、
視線はあまり気にならない人なのだろう。
こちらの車線が動き出して、化粧室とオサラバしたと思ったら、
10台ほど後ろの白い車の若い女性も、やっぱり化粧をしていた。
今度は、対向車線も前に進んでいたが、その女性は化粧に夢中で、気が付かず、
後続車にクラクションを鳴らされた。
それでも化粧の姿勢は崩さずに前に進んだようだったから、
よっぽどの熟練の技を持っているらしい。
ただ、衆人環視の中での化粧は、見ていても感心できない。
この職員ブログも続けて書き始めてから16カ月ほどになる。
1年経った頃に初めてアクセスログの機能が付いていることを知り、
今年4月のアクセス数が余りに多くてビックリした。
しかしご安心召され、年度当初の4月の1,493件をピークにアクセス数は漸減している。、
7月には、一気に1,000の大台をスベリ落ち、
今や月100件のペースで順調に減り続けている。
9月のアクセス数は582件だった。
そんな自虐的な言い回しやデータを並べるより、
漸減している原因を考える方が優先だ。
おそらく、一言でいうと「おもしろくない」。たぶんこれに尽きる。
そもそもおもしろいブログは目指していないから致し方ないが、
それでも見てくれる人のことを考えて書いてはいるつもりだ。
これを盛り返すのは至難の業だが、
まだ公になっていない商工会の「組織伝説」でもねつ造すれば、
いくらかアクセスが増える可能性がないこともない。
しかし、悲しいかなそんな伝説を思いつかないから、
月初めに前月のアクセス数を見て溜息をつくしかない。
それでも飽きずと見てくれる方々には、改めてお礼を申し上げる次第である。
当会の会館の隣は昭和郵便局だ。
町内の郵便局は、ここと甲府の国母に近い郵便局だから、
隣の郵便局は混む。
県内の旧特定郵便局の中で、来訪者の数では1、2を争うという話を聞いたことがある。
確かに人の出入りが激しい。駐車場はいつもいっぱいで、
月末ともなると9時の開店前から数人が入口に並んでいることもある。
時には当会の駐車場に無断で車を停めていく客もいる。
しかし、当会の来所者も同じように郵便局に停めているはずだから、
お互いにそんなことで揉めたこともない。
そんな郵便局が近いことは当会の事務の効率化に大きく貢献している。
全会員や部会全部といった数百となる通知は、全員が手分けで料金後納で発送するが、
委員会などの十数人で済む通知は、それぞれ担当が作って切手を貼り、
郵便局のポストに投函することが多い。
先日、そんな通知を10人分ほど作ってポストに投函したら、
ちょうどある職員が別の用事で郵便局に来たところで、それを見て、
「『あとのう』の上に切手を貼ったんですよね」
と言った。
はて、「何を言ってるんだろう」と一瞬思ったが、
そうか「後納」を「あとのう」と読んだんだと気が付いた。
「そう『こうのう』の上に貼ったよ」
と言ってニヤリとしたら、
「そうか『こうのう』か」
とその職員はポツリとつぶやいた。
確かに「こうのう」は郵便局の前だからわかるが、
Wordで変換すると、効能、貢納、功能、降納、校納など10個余りの単語が出てくる。
「あとのう」と読んだ方がわかりやすいかもしれない。
いわゆる「湯桶読み」だ。
ひょっとしたら郵便局内では「あとのう」と、わかりやすく読んでいる可能性もある。
そんな時代と共に読み方が変化する言葉が結構ある。
「世論」は「よろん」と読むと教わったが、今は「せろん」で変換しても出てくる。
「よろんちょうさ」が「せろんちょうさ」になりつつある。
ひょんなところで「日本語は生きている」と改めて実感した。
明日10月23日は七十二候のひとつ霜始降花(しもはじめてふる)だ。
文字通り霜が降り始める頃という意味だと思うが、
「霜始降」で「しもはじめてふる」と読むはずで、
最後の一文字「花」はいったい何の意味なのか。
ちょっと考えてしまった。
誰か知っている人がいたら教えてもらいたいものだが、
少し推測してみた。
まず、霜が花に降りかかると考えると、一番わかりやすい。
この時期はまだ花が咲いている季節だから、
花びらに霜が降りかかれば、一晩で枯れてしまう。
それも自然の摂理だから、仕方ないものだが、
鉢植えなら軒下に避難した方がいい頃ともとれる。
ただ、この場合「しもはじめてはなにふる」と読むべきで、
何となくしっくりこない。
次に考えられるのは、朝、一面に霜が降った様子を「花が咲いた」と解釈して、
霜の花という意味だが、そうなら「霜花始降」とすべきような気がする。
もうひとつ考えられるのは、「霜始降花」は漢語の表現だが、
漢語には強調の語を前や後につけることがある。
「花」もその類かとも思ったが、協調の語にしては少し違和感もある。
いずれにしても、10月の下旬は霜が降りる頃で、
それまでの残暑がウソのように肌寒くなることは確かだ。
もう窓を開けて寝ることもないし、毛布も厚手のものに替えなければ、
明け方10℃を下回る日もある。
夏が暑かった分、冬が駆け足で近づいているのだろうか。
10月は7日にふれあい祭り、翌週の13日から創業塾と
それぞれ土日に向けて慌ただしかったので、
ルール違反と知りつつこのブログを少し書き溜めた。
お蔭で、ブログのことを余り意識せずに日々の業務をこなしてきたが、
いよいよそのストックが底をついた。
ストックと言えば、今、しょうわ暮らしの便利帳が、
ポスティング会社から町内と周辺各市の隣接地域に順次配布されている。
各参加店にも商工会からポスターと一緒に配布しているところだ。
一昨日までの便利帳のストックは、ポスティング会社に配布前のものが約3,000冊、
発注した印刷会社と商工会に、それぞれ4,000冊と2,000冊ほどが残っていた。
今年から主旨に賛同してもらった医療機関の詳しい紹介ページも設け、
そこにも配布をはじめたところ、印刷ミスが判明した。
正確には校正の際の見落としで、原因究明や次年度に向けた反省点の整理はこれからだが、
その医療機関の要望は、訂正箇所にシールを貼ってもらいたいというものだった。
そこで、既に配布済の分は勘弁願って、ストック分10,000冊弱に2日かけて
シールを貼った。
12年も継続しているカタログなので、過去にも訂正シール貼りはあった。
しかし、今回不幸中の幸いだったのは、医療機関も理解を示してくれ、
ストック分だけの訂正で済んだこと。
また、訂正箇所がシールを貼りやすい場所だったことなどで、
職員は、通常業務や来客対応の合間を縫って、シール貼りに精を出し、
何とかストック分は貼り終えた。
単に作業時間や手間を考えると、ストックが少なかったことは助かったが、
未訂正のカタログが出回ったことを考えると、
原稿の校正をもう少し工夫すべきだったと反省する。
その未訂正分に関しては、当会のホームページ上に正誤表を記載した。
もちろん徹底は難しいが、これで少しでも誤りに気付いてもらえると助かるのだが…。
第30回の節目となった「昭和町ふるさとふれあい祭り」が終わって10日ほど経った。
台風25号の影響が心配され、
数日前から出店者から「台風でもやるんですか」
といった電話が何本も入った。
町では、既に台風の進路や速度といった詳細なデータを掴んでいたと見えて、
商工会からの問い合せにも担当者には全く動じた風もなかった。
予想通り台風は進路を日本海側にとり、
日本列島に近づくと急速に速度を上げて、
関東周辺にそれほどの被害をもたらすことなく、無事に通り過ぎた。
天気は確かに良かった。
いやむしろ天気が良すぎた。
甲府の気温は33.5℃まで上がり、祭りの出店者のなかにも、
熱中症と思われる症状の人が複数出た。
「フェーン現象が影響した」との報道があった。
台風一過などでよく耳にすることばだが、詳しくはわからない。
そこで調べてみた。
湿った風が山脈を越える際、
風が山腹を上がる時は100mに付き約0.5℃気温が下がり、湿った水分を雲にして、
乾いた風が山頂を越えて吹き下がる時は100mにつき約1℃温度が上がる
現象をいうらしい。
つまり、台風の風が高い山脈を越えて乾いて吹き下がって気温を急激に上げたのだ。
ふれあい祭りの前日には確か新潟市で36℃という
10月としては国内最高気温を記録した。
イベントの出店品目の売れ筋は当日の天気に大きく左右される。
7日のふれあい祭りもかき氷や飲み物が飛ぶように売れた反面、
焼きそばや唐揚げ、焼き鳥など温かい食べ物は苦戦していた。
しかし、出店者が品目を決め、保健所に提出したのは9月上旬だから、
10月7日の天気が読めるはずもなく、
自店の「逸品」にこだわった店がほとんどだった。
台風が早く通り過ぎ、天気には恵まれたが、
逆にフェーン現象に「してやられた」感のある店が多かったが、
来年は温かい系がよく売れる肌寒い日となるかもしれない。
明日10月18日は七十二候のひとつ「蟋蟀在戸」だ。
といっても「蟋蟀」は、虫らしいことはわかるが、漢検一級でもなければまず読めない。
これは「きりぎりす」と読むらしい。
つまり「蟋蟀在戸」は「きりぎりすとにあり」と読み、
戸口でコオロギのような秋の虫が鳴く頃と言う意味で、今の時期ならではの季節だ。
なぜコオロギかというと、昔はコオロギのことをキリギリスと呼んだそうだ。
そういえばそんなことを聞いたことがあったので、ネットで経緯を調べてみた。
平安時代の古今和歌集に
「秋風に綻びぬらし藤袴つづりさせてふきりぎりす鳴く」
という歌があって、この「つづりさせ(つづれよ、刺せよ)」というのは、
実はコオロギの鳴き声らしいのだ。
それが鎌倉から室町時代にかけて、
キリギリスは、今のバッタに似た緑色の虫を指す呼び名となり、
コオロギの呼び名が一時消えてしまった時代があったらしい。
その後、コオロギが復活するのは江戸時代で、
その頃にはそれぞれの虫が今の呼び名となっていたという。
ところが、コオロギとキリギリス以外にも、
「改名」、いや名前が「逆転」した虫がほかにもいた。
例えば鈴虫と松虫は平安時代には呼び名が反対で、
鈴虫を松虫、松虫を鈴虫と呼んでいたといわれている。
カマキリとトカゲも呼び名が逆だった地域もあるという。
いずれにしても、七二候の蟋蟀はキリギリスと読むが、実はコオロギのことで、
10月18日頃になると、それが戸口にいるような季節という意味だ。
いよいよ秋が深くなり、すぐ紅葉の季節になる。
七二候にはそれぞれ「云われ」があり、調べるとおもしろいが、
読めない漢字にはちょっと閉口するときもある。
⇒ michi (04/25)