Page: 1/28   >>
中西先生
0

    新元号が令和に決まった。

    出典は万葉集とのことで、初めて国書、日本の古典からの出典となった。

    提案者は、国際日本文化研究センター名誉教授の中西進氏だと言われている。

    同氏は、万葉集研究の第一人者で、文化勲章も受章している。

     

    実は、もう随分前のことだが、1年ほど中西先生の講義を受けたことがある。

    当時先生は、予備校の講師をしていらして、古文の講師として勤務しておられた。

    もちろん、万葉集だけでなく、古文全体の講義を受けたが、

    万葉集の講義に特に熱が入っていたかどうかは、

    落ちこぼれの浪人生の記憶は定かではない。

     

    その後、何度かテレビや新聞などでお名前やお姿を見聞きすることがあり、

    不真面目だった浪人時代を思い出したものだ。

    文化勲章受章をテレビで拝見したときは、

    「こんな偉い先生に教わっていたのか」

    とびっくりしたのを覚えている。

     

    中西先生のご経歴を拝見すると、

    高校教師から大学教授教や学長、館長などを歴任され、

    その間予備校の講師を務めていたのがわかる。

     

    もしかしたら、先生にとっては不遇の時代だったのかもしれないが、

    落ちこぼれの予備校生が覚えているくらいだから、

    記憶に残る先生だったことは間違いない。

     

    正に今でこそ、「今でしょ」の林修氏のように、

    テレビで予備校講師が脚光を浴びる時代になったが、

    当時は、決して望んで就く職業ではなかったように思う。

     

    新元号が決まり、いろんなところで準備が行われている。

    商工会も、5月から会員向けの文書の日付に始まり、

    官公庁への提出書類の訂正など、多少の事務は発生するが、

    新天皇が即位され、新しい元号で気持ちも新たに、

    気を引き締めて職務にあたらなければならないと思う。

    | shwusr | 10:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    四方に関ある
    0

      俳句の同人誌「雲母」を主宰していた笛吹市境川町の俳人飯田龍太に、

      「水澄みて 四方に関ある 甲斐の国」という句がある。

       

      甲府盆地の底から四方を見ると、確かに、東に大菩薩連邦や御坂山系を望み、

      その後ろに御坂山系の後ろに霊峰富士がそびえ立つ。

      西には南アルプス連峰が連なり、北の奥秩父の山々の西方に、

      八ヶ岳の切り立った峰々が見える。

      飯田龍太の句は、まるで盆地の山々が関所のように見えるという意味だろうか、

      「水澄みて」も含め、山梨県と甲府盆地をよく表している雄大な句だ。

       

      確かに甲府盆地は四方を山々に囲まれ、その山々からの雪解け水は豊富で、

      しかも水質が高い。

       

      3月に入って、暖かい日と寒い日、雨の日と晴れの日が目まぐるしく変わり、

      そんな天気の中で、木々の芽が膨らみ、一歩一歩着実に春に向かっている。

       

      そんな昨日の月曜日に、用事があって

      昭和町から中央市に向かって広がる田園地帯を車で走りながら、

      東の方を見たら、ちょうど全面に雪を被った真っ白な富士山が威容を誇っていた。

      用事を足して帰りに同じ道を引き返したら、ちょうど富士山の対角の方向に、

      険しい八ヶ岳の山々が正面に見え、そこでふと昔話を思い出した。

       

      その昔、八ヶ岳は富士山より高い山だったという。

      富士山は女神、八ヶ岳は男神で、その高さを競ってどちらも譲らなかった。

      仲裁に入った阿弥陀如来はとてつもなく長い樋を作って水を流したところ、

      高きから低きに流れる水は、八ヶ岳から富士山に向かって流れ、勝負がついた。

      怒った富士の女神は、長い棒で八ヶ岳の頭を叩き、

      あわれ八ヶ岳は今のような頂上の割れた山になったという。

       

      神の仲裁が仏という時点で眉唾ものだが、

      確かに雪が残って白い帽子を被ったような八ヶ岳は、険しく、切り立っている。

      その雪も徐々に薄くなり、春の息吹が山々を覆うのももうすぐだ。

      | shwusr | 08:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      菜虫化蝶
      0

        16日の土曜日は、七十二候のひとつ「菜虫化蝶」だった。

        これは、「なむしちょうとなる」と読み、

        サナギで越冬したチョウたちが、蝶になる頃といわれている。

         

        菜虫とは、大根やカブなどの葉を食べる青虫のことで、

        暖かい地方ではもうこれらの種が芽を出し、

        青虫の格好の餌になっているのかもしれない。

         

        青虫とひとことに言っても、蝶の幼虫だけでなく、蛾の幼虫もいる。

        青というより、緑色の虫が多いが、

        昔のことで緑も青と言っていたのかもしれない。

         

        しかし、実は青虫といいながら、黒いのや白地に黒斑点のもいて、

        実際にはこれらを含めて青虫と言っている。

        しかもこれらの幼虫も緑の葉を食べて「青く」なるようで、

        小さい時は全く似ても似つかない体色のものが多い。

         

        3月6日からの二十四節気のひとつ啓蟄も、

        この菜虫化蝶が最後の候で、いよいよ21日が春分の日で、

        ここから春分の節気に入る。

         

        春分を過ぎれば文字通りもう春だ。

        昭和町の桜の名所、山伏川の桜の芽も膨らんでいることだろう。

         

        もう今年度も残り2週間足らず。平成31年度が目前だ。

        その前に、当会でも今年度の締めがある。

        事業も会計も未執行や未収、未払いなど最後の確認やチェックの時期だ。

        果たして今年度は健全財政を維持でき、少しでも引当金が摂れたのだろうかなど、

        年度末の恒例の心配事が重なってくる。

         

        その心配事が一段落する頃、青虫がサナギとなり、蝶となってお花畑を飛び回り、

        年度が改まる頃となる。

        | shwusr | 13:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        ホワイトデー
        0

          今日、3月14日はホワイトデーだ。

          本命チョコをもらった男性はもちろん、

          義理チョコをもらった小生のような輩も、

          お返しをしなければならない日だ。

           

          バレンタインデーのことは2月のブログで書いたが、

          その発祥は古代ローマ時代にまで遡る。

          女性が意中の男性にその思いを伝えていたというお祭りの習わしは、

          今のチョコレートを贈って告白することで伝わっている。

           

          よく考えると数千年の歴史がある行事で、

          本来キリスト教の祭りだったことから、

          国が禁止してもイスラム圏でも広がっているらしい。

           

          ところで、ホワイトデーはどうかというと、

          この習わしの由来となったバレンタインし司教の殉教からひと月後に、

          男女が改めて愛を誓い合ったことに由来するというまっとうな説がある。

          しかし、ホワイトデーの発祥は日本で、

          お菓子メーカーの戦略だったという説もある。

           

          確かに競争の激しい日本のお菓子メーカーなら、やりそうだとは思うが、

          今や、中国や韓国にも広がりを見せている。

          ところが、キリスト教圏のヨーロッパやアメリカなどにはこの風習が見られないことが、

          日本が発祥と言われる由縁だ。

           

          そんな習わしに商工会も影響を受ける。

          大型店と連携した逸品フェアも、

          期間の長いバレンタインフェアやホワイトデーフェアに日程や会場を占領され、

          時期や場所が制約されることになる。

           

          それでも、もう国民的行事として定着した感があり、

          今日中に義理チョコの返礼を物色しなければならない。

          | shwusr | 09:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          3.11
          0

            昨日、3月11日は東北の震災から8年目にあたった。

            もう8年も経った。早いものだ。

             

            あの日は、商工会ではまだ決算・申告の指導をしていた。

            2階で会員にヒアリングしながら決算データをパソコンに打ち込んでいたら、

            机がグラグラというより、会館の建物ごと大きく揺れた。

             

            すぐ治まると思った揺れが長く続いた。

            もう少しでパソコンの打ち込みが終わりそうなタイミングだったので、

            揺れが大きくなっても、打ち込みを続けていたら、

            その会員が

            「まだですか。大きいですよ。1階に降りてもいいですか?」

            とイスから腰を上げて言うのを

            「もう少しです。ちょっと待って下さい」

            と言っているうちに揺れが大きくなり、

            「もう下に降ります」

            とその会員は青い顔で立ち上がり、階段に向かって部屋を走り出た。

            こちらもデータの保存を終え、慌てて階段を降りて外に出たら、

            女性職員が真っ青な顔で外の塀につかまって震えていた。

             

            これが関東大震災を凌ぐほどの大地震であることはもとより、

            その後の大津波や原発のメルトダウンは、

            その時点では考えも及ばなかった。

             

            多くの児童が犠牲になった大川小学校のことを聴いたことがある。

            小学校のすぐ近くに古い石碑があって、

            そこには、昔ここまで津波が来たということが刻まれていたという。

            その歴史の教訓を生かせなかったのは、残念でならない。

             

            あれから8年。さまざまな思いが蘇えるが、

            この教訓を後世に遺すことが今を生きる人間の最大の使命であることは論を待たない

            | shwusr | 07:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            ティッシュ
            0

              金曜日、通勤途上のいつもの脇道でいつもの一団とスレ違った。

              毎日5台位で同じ時間に連なって来るので、

              これは想像だが、どこか会社の寮のようなところから、

              一緒に出勤してくるのではないかと思う。

               

              相変わらず我が物顔で、対向車が来てもスピードを緩めず、

              自ら避けて道を空けることもせず、どんどん突っ込んで来る。

              こちらも先刻承知だから、道の左右にあるスレ違える場所が、

              どちらが早いかで、停まって道を空けたり、

              こちらも突っ込んだりしていた。

               

              そういう毎日だと何となく暗黙の了解が出来上がっていて、

              この辺りだと先方が停まって道を空け、

              ここまで来たらこちらが停まって待つというようなルールでスレ違っていた。

               

               

              その日は、こちらが待った方がいい距離だったので、

              右側を開けて停車したら、4台のうち、1台は運転席で頭を下げた。

              これもいつものとおりだ。

              後の3台は対向車が道を空けていても、知らんぷりで通り過ぎていく。

               

              1台足りないが、そのまま発進しようとすると、

              皆より遅れて1台が進んできた。

              そのまま待ちながら対向車のドライバーの顔を見たら、思わず吹き出してしまった。

               

              最後に来たその車のドライバーの顔から、2本の棒状の白いものが垂れさがっている。

              近くまで来て、それが鼻の詰められたティッシュだと気が付いた。

              何と、ティッシュを長いまま両方の鼻の穴に突っ込み、運転しているのだ。

               

              おそらく、こちらを見て破顔しているのはわかったと思う。

              そのドライバーは頭を下げて通り過ぎたが、

              そのとき、鼻の穴から垂れ下がった2枚のティッシュも、

              ゆっくりと顔の前で揺れ、思わず吹きだした。

              花粉症はつらい。お大事に。

              | shwusr | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              祈ご冥福
              0

                一昨日、当町の角野幹男前町長の告別式があった。

                3期12年、発展する昭和町の舵取りを担われ、

                多くの業績を遺された町長だった。

                 

                真面目なお人柄で、商工会も大変お世話になった。

                3年という県下に類をみない長期間の利子補給制度の創設、

                一店逸品事業への100万円の補助金の創設、

                商工会に対する補助金の大幅な増額など、

                商工会への理解が深く、多大なご支援をいただいた。

                 

                今だから言えるが、そんな角野町長を怒らしたことが何度かある。

                詳細は書けないが、

                「オレのお願いが聴けないのか!」

                「もう商工会には支援できない」

                など、あの温厚な角野前町長が顔色を変えたことがあった。

                 

                それでも、誤解は解けたし、経緯を説明すればわかってもらえた。

                そんな角野町政だから、商工会も頑張れたし、

                頑張ればさらに理解を深めてもらえた。

                 

                一昨日の朝8時過ぎに、役場の庁舎前に職員が整列していた。

                確認はしなかったが、おそらく斎場に向かう前に、

                角野町長を乗せた車が役場庁舎に寄ったのだと思う。

                 

                少し離れたところで手を合わせながら、

                「お世話になりました」

                とご冥福をお祈りした。

                 

                塩澤新町長誕生を見届けて冥界に旅立った角野町長。

                志半ばの無念さもあったとは思うが、

                きっと後を託せる頼もしい後継者を得て、

                安堵の気持ちも大きかったと思う。

                | shwusr | 07:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                啓蟄
                0

                  今日は二十四節気のひとつ啓蟄だ。

                  啓蟄(けいちつ)とは、暖かくなって、土中に隠れていた虫が這い出してくる頃

                  という意味らしい。

                   

                  「啓」は、「拝啓」など手紙の冒頭に使われるが、

                  「申し上げる」のほかに、「開く、開放する」などの意味がある。

                   

                  一方、「蟄」は、虫などが地中に隠れていることで、

                  「啓蟄」で、「地中の虫が這い出してくるころ」という意味になる。

                   

                  そういえば、ここのところの暖かさで、小さな虫が飛んでいるのを目にすることがある。

                  もちろん、勘違いした気の早い虫が羽化したのだろうが、

                  虫が飛んでいてもおかしくない陽気ではある。

                   

                  家庭菜園ではフキノトウが芽を出し、茹でると独特の苦みがおいしい。

                  柳も芽吹くのがこの頃らしい。

                   

                  啓蟄は、二十四節気では春分の前節にあたる。

                  この間冬至だったと思ったら、もう春分まであと2週間となった。

                  どおりで日が長くなったわけだ。

                   

                  春分の日になると年度末まで10日となり、

                  商工会も年度の事業や予算のまとめに忙しくなる。

                  虫が這い出してきて、「はやくしろ、はやくしろ」と急かされている気がする。

                  | shwusr | 14:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  化粧直し
                  0

                    ここのところのしとしと雨が、山沿いでは雪になり、

                    盆地の周囲の山々もまたうっすらと雪化粧した。

                    暖冬のためか、雪融けが早まりそうだったが、

                    雪の融けだしたところにまた降り積もり、いわば「化粧直し」した感じだ。

                     

                    ところが、今日5日の予想最高気温は17℃で、

                    せっかく直した化粧も、また崩れるに違いない。

                    この時期は雪崩の心配もあり、登山者には注意が必要だ。

                     

                    17℃というと4月の気温だ。

                    その暖かさで、会館南側の緑のカーテン用の花壇も、徐々に雑草が伸びてきた。

                    桃やぶどうの芽も一気に膨らむだろう。

                     

                    特に南アルプス連峰ほど濃い目の化粧直しだったようで、

                    北岳や甲斐駒ケ岳だけでなく、その前座の山々もうっすら化粧直ししたようだ。

                     

                    週間天気予報では、明後日7日の木曜日と10日の日曜日が雨マークで、

                    2、3日おきの化粧直しとなりそうだ。

                     

                    そういえば、三寒四温といわれるこの時期は、一雨ごとに暖かくなる。

                    もう花粉が飛んでいるが、雨が降ると飛散量が減るから、

                    花粉症に悩む方々には、空模様も気になるところだ。

                     

                    ただ、春になると南風が吹き、静岡から山梨南部にかけての杉林のスギ花粉が、

                    富士川沿いに風に乗って北上し、甲府盆地に滞留すると聞いたことがある。

                    山梨の花粉症患者が多いといわれるのもこのせいだろうか。

                    あまりありがたい話ではないが、花粉所の元凶のように言われる杉も、

                    一年発起したのか、花粉の少ない品種も改良されて出回っていると聞く。

                    花粉症の充血した目をこすりながら、

                    南アルプス連峰の化粧直しをぼんやり見なくてもいい時代が来るかもしれない。

                    | shwusr | 09:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    雛祭り
                    0

                      昨日3月3日はひな祭りだった。

                      ひな祭り、「雛祭り」の歴史は古い。

                       

                      平安時代には、既に子女の遊びとして「雛遊び」が行われていたという記録があるという。

                      この遊びと3月3日の桃の節句が結びついて「雛祭り」が誕生したという説もある。

                       

                      雛人形も、最初は男女一対の内裏雛を飾るだけだったが、

                      江戸時代になって、武家の子女の嫁入り道具となってから華美になり、

                      三人官女や五人囃子などの添え雛が増えて、

                      今のように3段、5段と賑やかな雛飾りとなったらしい。

                      それも江戸の末期になってからだから、せいぜい150年位の歴史で、

                      それまでの質素な雛飾りの方が歴史はずっと長かったことになる。

                       

                      歌に「お内裏様とお姫様〜」というのがあるが、

                      それは誤りで、男女一対「お内裏様」というのが正しいらしい。

                       

                      そんな雛飾りは、3月3日の雛祭りだけでなく、

                      江戸時代には9月9日の重陽の節句にも飾る習慣があった。

                      確かに、嫁入り道具として立派な雛飾りをあつらえたのに、

                      年に1度だけではあまりにも寂しい。宝の持ち腐れ? だ。

                       

                      雛祭りの頃になると、山野の草木も芽吹きはじめる。

                      もう春はそこまで来ていて、いつ飛び出そうかと様子を伺っている。

                      | shwusr | 17:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                      PR

                      Calendar

                       123456
                      78910111213
                      14151617181920
                      21222324252627
                      282930    
                      << April 2019 >>

                      Profile

                      Search

                      Entry

                      Comment

                      Archives

                      Category

                      Link

                      Feed

                      Others

                      無料ブログ作成サービス JUGEM

                      Mobile

                      qrcode