Page: 1/26   >>
ゾロ目
0

    今日は2月22日。

    ゾロ目の日だ。

    月と日で同じ数字が並ぶ日は、たくさんあるようでそうでもない。

    1月1日から12月12日まで、同じ月と日が2つ並ぶ日が当然12日ある。

    ところが、同じ数字が3つ以上となると、

    1月11日と、今日2月22日、11月11日の3日しかない。

     

    そんなゾロ目の2月22日とは、どんな日か調べてみた。

    ネットで見ると、まず、「猫の日」というのがヒットした。

    ニャン、ニャン、ニャンの鳴き声から制定?されたらしい。

    完全な語呂合わせだが、記念日の多くはそんな理由から制定されていることが多い。

     

    この日に因んで猫グッズなどを販売している商魂逞しい業者ももちろんいる。

    この日は「猫の日実行委員会」という団体が1987年に制定した記念日らしい。

    世界的にも「猫の日」というのはあって、

    主流はヨーロッパの2月17日だが、アメリカでは10月29日、

    ロシアでは3月1日らしい。

    それぞれに云われがあるのだろう。

     

    次にヒットしたのは「おでんの日」で、こちらはまで24年ほどと歴史は浅い。

    どうも発端は新潟のラジオ番組らしく、「ふー、ふー、ふー」と

    熱いおでんを吹いて食べることからきているらしいが、

    これも語呂合わせの中ではおもしろい。

     

    「越のおでん会」というおでんを新潟の名物にしようと活動している団体が

    ラジオを通じて呼びかけたらしいが、

    どこにでもあって全国的に普及している「おでん」を名物にしようとしても、

    どうも「おでんの日」だけが独り歩きして、

    新潟に限らず浸透しているようだ。

     

    何となく、傍ではどっでもいいと思う、

    浜松と宇都宮の餃子戦争が思い起こされるが、

    2月22日を記念日と提唱した団体として、名前が残る名誉は得たようだ。

    | shwusr | 07:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    化けの皮
    0

      先週、新しいルノーのCEOが来日し、

      日産や三菱自動車と三者会談が行われた。

      その来日の矢先に、ルノーが拘留中のカルロス・ゴーン前CEOへの

      退職金など総額37億円余の支払いを行わないことを決めた

      とのニュースが入ってきた。

       

      ゴーン前会長の逮捕当時は、

      日本の検察や司法が国際的なスタンダードではないかのような海外メディアの論調も

      報道された。

      ちょうど徴用工裁判の韓国の最高裁判決が出たばかりで、

      国によって司法の考え方が違うかのような印象も受けた。

      フランス政府が筆頭株主のルノーでは、

      まるでゴーン前会長を擁護するかのような姿勢も見られた。

       

      しかし、勾留中に、ゴーン前会長の化けの皮が徐々に剥がれ、

      様々な、いわば「欲どおしい」と思える事実が判明し、

      ルノーの今回の判断になったのだと思う。

      この間、フランスと日本とでは何か月かのタイムラグがあった。

       

      もちろん、37億円もの大金を払わないと決めたからには、

      法的に十分な根拠を揃えたに違いない。

      その証拠集めや政府が出資している国際的自動車メーカーに対する

      世論の動向などの整理に時間を要したのかもしれない。

       

      そもそも日本で、100億円近い報酬を日産の決算書類に計上しないことから

      今回の「事件」が始まっている。

      CEOなど役員報酬に対する考え方に、日本と欧米などでは違いがあるようだ。

      業績を挙げた役員がそれに見合う報酬を受け取るのは、

      その役員の「権利」で、それを認める風潮が欧米にはある。

      日本でも一部の創業者やオーナー社長は確かに高額の報酬を受け取っているが、

      ほとんどのサラリーマン社長の報酬は桁が違う。

       

      日本では「適正報酬」という考え方がある。

      その報酬に対する考え方の違いが今回の事件の根底にあるように思えてならない。

      | shwusr | 07:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      土脉潤起
      0

        今日2月19日は、二十四節気のひとつ「雨水」で、

        いままでの雪が雨に変わり、雪や氷は溶けて水となる季節だ。

        七十二候では「土脉潤起」という候。

        これは「つちのしょううるおいおこる」と読み、

        冷たい雪が暖かい春の雨に変わり、生きている大地に潤いを与える頃という意味らしい。

         

        そうは言っても、盆地もまだまだ最低気温は氷点下の日があり、

        先週などは、北海道で観測史上の最低気温を更新したばかりだが、

        この候からは、季節はもう春を待ちわびている頃という感じが伝わってくる。

         

        この「土脉潤起」に使われている「脉」という文字にあまり馴染みがない

        というかほとんど見たことがなかったので調べてみた。

        この字は、「みゃく、ばく」と読み、語源はもちろん中国で、

        元々は心臓の鼓動のような「みゃく」や、

        血管そのものを指していたらしい。

         

        その字の意味がわかると、「土脉潤起」に使う意味もなんとなく理解できる。

        雪から雨に変わることで、春を待つ草木には恵の雨となり、

        大地が「脉」を打つように胎動をはじめ、いよいよ芽吹く準備に入る。

        そんな季節を表すのにはこの字が向いているのかもしれない。

         

        そうはいっても、まだ夕方の風は冷たい。

        インフルエンザも峠を越えたとの報道もあったが、油断禁物。

        普通の風邪も流行っているらしい。

        マスクや手洗い、うがいなどで自己防衛しないと、

        寒い季節には、いつありがたくない風邪のプレゼントをもらうかわからない。

        そう思いつつも、日一日と着実に春が近づいている今日この頃ではある。

        | shwusr | 06:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        児童虐待
        0

          子供を虐待する事件が頻発している。

          千葉では我が子を暴力で死なせた父親が逮捕された。

          その母親も自分へのDVから逃れるため、

          夫の度重なる子供への暴力を見過ごした罪で逮捕された。

           

          このニュースでやり切れない思いをもった人は多かったと思う。

          警察が通告した児童虐待の件数は、去年1年間で何と8万件に達したという。

          10年前の3倍にも上り、年々増え続けている。

          年間8万件という数字は途方もないものだ。

          単純に計算しても1日当たり220件、1時間で10件という計算だ。

          なぜそんなに子供への暴力が日常化しているのだろう。

           

          ひとつには、離婚などでシングルマザーが増えて家庭環境が複雑になり、

          加害者が「同居の男」というケースがある。

          しかし、そればかりでないことは明らかだ。

           

          一方で少子化がどんどん進み、子供の数は年々減っている。

          社会にとって、将来を支えていくべき子供の数が減っていくことは、衰退を意味する。

          衰退を食い止めるべき貴重な子供を大切にできないとしたら、

          社会の方に問題があると思わざるを得ない。

           

          東京2020のオリンピックに水を差すつもりはないが、

          メダルを取ることは讃えられるべきだが、決してそれが全てではない。

          強いことが善で弱いことは悪のような風潮だけは避けなければならない。

           

          スマホなどで人気の対戦型のゲームも、皆で強さを競う。

          強さだけを追い求め、それを実現して満足しようとする志向が強くなると、

          弱い者への虐待やいじめが助長される恐れがある。

          それが児童虐待につながっていないだろうか。

           

          本来、自分が守るべき子供を、弱い者として逆に虐待して満足しているとしたら、

          完全に病んでいるし、千葉の事件からは母性の欠落も見てとれる。

          「強きをくじき、弱きを助ける」ような精神はどこへ行ったのだろう。

          社会の自浄作用が働いていくことを願いたい。

          | shwusr | 07:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          魚上氷
          0

            立春が過ぎて10日、昨日2月14日はバレンタインデーだったが、

            七十二候では「魚上氷」の候が始まった。

            魚上氷は、「うおこおりをいずる」と読む。

            意味は、暖かくなって氷も薄くなったり割れたりして、

            その間から魚が飛び跳ねる頃という意味らしい。

             

            そもそも氷の下から飛び出す魚がいるかどうかが疑問だが、

            魚が飛び出すと思えるほどの暖かさで氷が融ける頃と思えば、思えなくもない。

             

            この時期は、厚い氷に穴を開け、そこから釣り糸を垂れるワカサギの穴釣りが盛んだが、

            その穴からなら釣られたばかりの威勢のいいワカサギなら飛び出すかもしれない。

             

            そのワカサギは公魚と書く。

            本県では山中湖のドーム船による釣りが有名だが、

            もちろん厳寒期には穴釣りもある。

            ワカサギは実は元々は海にいた魚ということはあまり知られていない。

             

            今でも成長期に川から降海する遡河回遊型と、

            そのまま河川で一生を終える陸封型がいる。

            その両方が混ざって生息しているところもあるらしい。

             

            ワカサギは、水質に対する適用力の高さから、

            食用として明治時代に、全国の河川に放流された。

            それで全国の湖やダムなどに生息しているのだが、

            魚上氷の頃がちょうど穴釣りの最盛期にあたる。

             

            上がったばかりのワカサギをそのまま天ぷらにすれば、

            さぞかしウマイだろうと思うが、

            残念ながらまだその機会はない。

            | shwusr | 07:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            バレンタインデー
            0

              今日はバレンタインデーだ。

              バレンタインデーというと、男性にとってはチョコレートをもらう日、

              女性にとってはそれを贈る日のように思われているが、

              その発祥の由来はローマ時代にまで遡るらしい。

               

              バレンタインとは、殉教したといわれている

              キリスト教の司祭セント・バレンタインの名前に由来するが、

              彼が行ったのは、当時戦場に行く兵士と残される恋人との結婚が

              禁止されていたことを憐み、その橋渡しを行ったと言われている。

              当時のローマでは、士気が下がるとの理由で兵士の皇帝の命により、婚姻は禁止されていた。

               

              ローマには豊年を祈願するルペルカリア祭という祭りがあり、

              その祭の前日、女たちが桶に名前を書いた紙を入れ、

              翌日の2月15日に、男たちは桶から札ひき、ひいた男と札の名の女は、

              祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。

               

              この習わしがきっかけで結ばれる男女が多かったというが、

              婚姻を禁止していたローマ皇帝により、

              バレンタイン司教は2月14日に処刑されたといわれている。

               

              これがセント・バレンタインデーの起源らしいが、

              日本に定着するまでには、デパートや菓子会社などの涙ぐましい努力があったらしい。

              そのお蔭か、今では、3月14日のホワイトデーもすっかり定着したばかりか、

              バレンタインと銘打ったものが溢れている。

              バレンタインフェアなどのイベントは言うに及ばず、

              バレンタイン売り出しや、ついにバレンタインじゃんぼ宝くじまで出た。

              これこそ商魂の逞しさを現わしている。

               

              本来、キリスト教の行事だったものが、イスラム圏にまで広がり、

              イスラム教の中東のある国では、バレンタイン禁止を打ち出したほどだ。

               

              それでもそれらの国々までこの行事は浸透しつつあり、

              宗教を超えた広がりを見せている。

               

              | shwusr | 07:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              濃霧
              0

                 

                先週の木曜日、2月7日の朝、甲府盆地は濃霧に覆われた。

                久し振りの濃い霧で、朝の通勤時には事故も起きた。

                ほとんどの車がいつものスピードではなく、

                ちょっとゆっくり走っているようだった。

                 

                霧は、山沿いでは薄かったが、低い方に進むにしたがって濃くなり、

                特に川沿いの道では視界は50mもなかったかもしれない。

                ほとんどの車はスモールやフォグランプを点けていたが、

                なかには無灯の猛者もいて、そういう車に限って、

                「霧なんか関係ねぇ」と言わんばかりにスピートを出していた。

                 

                7日の霧は、どうも甲府盆地だけではなく、

                北海道を除く日本列島全体を覆っていたようだ。

                 

                フリー百科事典Wikipediaによると、霧とは、

                「水蒸気を含んだ大気の温度が何らかの理由で下がり、

                露点温度に達した際に、含まれていた水蒸気が小さな水粒となって

                空中に浮かんだ状態」らしい。

                 

                霧は、基本的には雨と同じものらしい。

                同じというのは、「大気中の水分が飽和状態に達した」という点で、

                霧の水粒は小さく、雲の雨粒は切りに比べると大きい。

                雲と霧の一番大きな違いは水滴の大きさなどではなく、

                両者の気象上の定義の違いであるという。

                つまり、大気中に浮かんでいて、地面に接しているものが霧で、

                地面に接していないものを雲と定義している。

                 

                しかし、雨粒ほどの大きさのものが、大気中に浮かんでいられるはずもなく、

                漂っている霧の粒は非常に小さい。

                それでも、濃霧の中を30分も走ると、

                車のボンネットには霧が集まった水滴がびっしり付いていた。

                 

                お蔭で、数日前に付いていた鳥の糞が、霧の湿り気で難なく落ちた。

                それでも、余り濃い霧は何事につけてもいいことはない。

                | shwusr | 07:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                建国記念の日
                0

                  昨日は建国記念の日だった。

                  2月11日は、その昔は紀元節と言って、

                  古事記や日本書紀に初代天皇と記されている神武天皇の即位した日といわれている。

                  正確には、日本書紀にある旧暦の紀元前660年1月1日を

                  明治になって新暦に換算したのが2月11だったということらしい。

                   

                  この建国記念の日にも紆余曲折がある。

                  戦後の1948年には、GHQの意向で一旦廃止された。

                  復活したのは1966年のことで、以来半世紀以上、親しまれてきた国民の祝日だ。

                  その間、当時の政府が実に9回もの法案提出を繰り返し、

                  その都度廃案に追い込まれていたという。

                   

                  戦後の社会、政治情勢を考えると、反対した野党などの考えもわからないではない。

                  しかし、一方で与野党攻防の政争の具だった気もするが、

                  建国記念の日の復活には長い歴史があったことが伺える。

                   

                  そこで、今話題の憲法改正を考えると、既に平和憲法として定着しているものを

                  果たして改正する必要があるのかを真剣に議論する必要があるとも思う。

                   

                  日本語の特徴としてよくいわれるのがその曖昧さだ。

                  YESでもNOでもない、白でも黒でもない言わばグレーの表現が日本語には存在する。

                  「自衛隊」という言葉自体が、自国の防衛のみに特化した軍隊だといくら言い張っても、

                  PKOはあるし、そもそも正当防衛と過剰防衛の区別は、

                  裁判をしてみないとはっきりしない。

                   

                  そんな曖昧さの中で存在する自衛隊を不憫に思う向きもあるかもしれないが、

                  ある人が、「素手では不安だから武器を持ちたくなる、武器を持つと使って戦いたくなる」

                  と言ったのを思い出した。

                   

                  シビリアンコントロールも平和な時代なら機能するかもしれないが、

                  ミサイルがどんどん飛んでくるなかで、果たして機能するのかはなはだ疑問だ。

                  ただ、悲しいかな現代の国際社会の情勢を考えると、リスクが存在しているのも明らかだ。

                   

                  また悲しい時代を迎えなることの決してないよう、

                  ときの為政者には、手柄話などは二の次にして、

                  あらん限りの想像力と注意力を発揮して十分に検討してもらいたと、

                  建国記念の日を迎えて、思う

                  | shwusr | 07:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  政治家
                  0

                    政治家、特に大臣の失言や失態が相次いでいる。

                    「子供を産まない方が悪い」という発言は、

                    産みたくても産めない夫婦にとっては、配慮を欠いた暴言だ。

                     

                    そもそも政治家に必要な資質のひとつとして、

                    多様な市民、県民、国民の、その多様性への理解がある。

                    それをひとまとめにはできないから政治があり、

                    多様性への配慮やバランスを欠いた政策は成り立たないはずだ。

                    その大前提を否定するかのような発言は、政治家の資質を疑われても致し方ない。

                     

                    発言の全てを報道すると、前後の文脈から、

                    増え続ける高齢者への批判への対比として少子化問題を持ち出したようだが、

                    もしそうだとすると、発言の内容が荒っぽすぎる。

                    政治家ならもう少し配慮して言い回しに気を付けるべきだった。

                     

                    一方、記者会見をするのに、記者からの質問に対する答えが用意できてない大臣も問題だ。

                    官僚のレクチャーを受けたはずだが、記者とのやりとりを見ていると、

                    そもそもの根本を理解していないようにも思える。

                     

                    もちろん官僚の側にも問題がある。

                    もし、「これくらいのレクチャーで理解してもらわなけりゃ困る」

                    と思っていたとすれば、想像力の欠如も甚だしいが、

                    理解力のない大臣の方が問題であることは間違いない。

                     

                    政治家に求められる資質はいろいろあるが、

                    少なくとも票を集める力と政治家としての力はイコールではない。

                    選挙では政治家は審判を受ける側だが、

                    有権者も試されているとも言える。

                     

                    今年は、そんな選挙の年だ。

                    有権者の選択も多様な理由があって難しいが、

                    少なくとも「相応しくない政治家」だけは

                    選ばないようにしようと思う。

                    | shwusr | 07:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    北方領土
                    0

                      今日2月7日は北方領土の日だ。

                      日本がポツダム宣言を受諾し、当時の大本営から即時停戦命令が出たのは、

                      1945年8月15日の終戦の日だ。

                      当時のソ連が、日ソ中立(不可侵)条約を一方的に破棄し、

                      日本に宣戦を布告したのは8月8日だから、

                      広島に原爆が落とされた2日後のことだ。

                       

                      このソ連の侵攻が旧満州などでの残留孤児問題も生み、

                      50万人とも60万人ともいわれるシベリア抑留の原因となった。

                       

                      北方四島にソ連軍が攻め込んだのは、終戦8月28日のことで、

                      9月5日には占領を完了している。

                       

                      北方四島とは、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島のことで、

                      終戦時の記録では、3,124世帯17,291人の日本人が住んでいたといわれている。

                      これらの人々が家を追われ、故郷を追われ、漁場を追われ、田畑を奪われて

                      ちりぢりになった。

                       

                      それが、ソ連は終戦のどさくさに紛れて他国に侵略し、

                      領土を奪ったと言われている所以だ。

                       

                      今のロシアのクリミヤ半島やウクライナなどでのヤリ口を見ても、

                      昔と余り変わっていないという気もするし、

                      ロシアの世論の報道を見ても、厚顔無恥さは変わっていないようにも思える。

                       

                      昔、旧ソ連の経済が逼迫したとき、ある本県選出の政治家が、

                      「北方領土を買ってしまえばいい」と言ったという報道があった。

                      当時は、自国の領土を自分で買うという発想は、不謹慎だと批判されたが、

                      今にして思えば、どこかのCMではないが、

                      かの国の国民性を考え、「結果にコミット」した発言で、有効だったような気がする。

                       

                      昔、商工会でも県などと一緒に北方領土返還運動に加わり、チラシの配布などに協力した。

                      しかし、今は、平和条約の締結や2島先行返還などで、微妙な駆け引きが続いており、

                      とても声だかに「北方領土返還」と叫べない状況にある。

                      これでいいのだろうか。

                      | shwusr | 07:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                      PR

                      Calendar

                           12
                      3456789
                      10111213141516
                      17181920212223
                      2425262728  
                      << February 2019 >>

                      Profile

                      Search

                      Entry

                      Comment

                      Archives

                      Category

                      Link

                      Feed

                      Others

                      無料ブログ作成サービス JUGEM

                      Mobile

                      qrcode