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初顔合わせの理事会
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    明日は、本年度第2回目の理事会が開催される。

    2回目といっても、総代会の役員改選の後、初めての理事会となるので、

    新役員の初顔合わせとなる。

     

    初顔合わせといっても、町内で長年事業を営んでいる会員同士だから、

    全く「初めて顔を見た」というケースはほとんどないと思う。

    それでも、今年から理事定数が3名増えて28名となったうち、

    新顔が10名というのは、少し不遜な言い方だが、

    比較的順調に役員の新陳代謝が進んでいると言える。

     

    明日の理事会は、商業・工業部会、青年・女性部と、

    組織強化、福利厚生、広報企画の3委員会の本年度の具体的な事業などを、

    各部会や委員会の長が理事に説明する重要な会議だ。

     

    総代会でも部会等の事業は説明するが、

    なかなか詳しい内容まで踏み込んではいられない。

    明日の理事会では、事業などの具体的な内容や予算に加え、

    課題や問題点なども含めた説明があるはずだ。

     

    この長による理事会での説明は、もう10年以上続いている。

    率先して突っ込んだ説明をするためには、担当職員と入念な打ち合わせが必要となる。

    打合せの際は、レクチャーもあれば細かい修正を求められることもある。

    部会等の長も担当職員もお互いに、ある意味試されているところもあるため、

    緊張感のある打合せとなり、その緊張感が理事会でも保たれる。

     

    職員の意識も、事務局主導をできるだけ排除する方向に向き、

    役員と共通認識をもって事業等にあたるような意識を持つようになる。

     

    事業は、既に一部が始まっているが、

    理事会の構成員全員が、商工会の事業や活動の全体を掴むにはいい機会で、

    初めての理事会としては「うってつけ」の内容となる。

    | shwusr | 07:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    先進地視察研修
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      昨日から、工業部会が北陸方面に先進地視察研修に出かけている。

      今年は、金沢城やアーキテクチャー・ツーリズムや金箔の職人技などを視察している。

       

      金沢城は、言わずと知れた加賀百万石前田家の居城。

      1580年築城というから既に450年近くが経つ。

      「石垣の博物館」といわれるほど多様な石積の工法が用いられていることでも有名。

       

      アーキテクチャー・ツーリズムは、江戸時代から現代までの様々な様式の建築物が見られ、

      昔と今の建築技術の進歩や建物の感性などが見て取れる。

       

      また、金沢の金箔は、前田利家の時代まで遡るといわれている歴史と由緒のある伝統工芸。

      金沢で金箔が根付いたのは、その湿度の高さが一因だという。

      本州の中央にあって日本海に面している石川県は、日照率の低い日本海側特有の気候で、

      「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉があるほど雨の多い地域。

      その湿度が金箔を張るのに最適だという。

       

      そんな建築関連の視察が多いため、参加者も建築関係の工業部会員が多い。

      視察と研修が中心だが、観光の要素がないわけでもない。

      視察と土産の買物を兼ねて、富山のますのすしミュージアムや

      「金沢の台所」近江町市場にも立ち寄る。

       

      他県を訪れることは、視察研修に限らず、何らかの刺激となり、リフレッシュもする。

      商工会の部会等の視察研修も、そんな意味合いも含めて実施しているが、

      当会では、実施にあたってのルールを設けている。

      工業・商業部会は、参加者数15人、青年・女性部は参加者数10人。

      当該年度は既に募集もし、会員の旅行会社にも頼んでいるので、

      これを下回っても実施はするが、これを越えないと、翌年度の視察研修は休止としている。

       

      これは、商工会マネジメント委員会で、魅力ある事業の実施や

      事業の効率化などの観点から決めたもので、既に5年ほど経つ。

      ほぼ隔年実施となっている部会等や毎年実施できる部会等もあり、

      会員の理解はある程度得られている。

       

      視察研修が参加事業所の事業の参考となればベストだが、

      明日の商売の活力となるのなら、ベターではある。

      | shwusr | 07:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      「去年もそうでした」
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        今日は、役員改選で新たな役員の任期が始まって最初の理事会

        に向けた正副会長会議だ。

        新正副会長となってからは2回目の会議だが、

        前回は、各委員会の委員を選考することが中心議題だったから、

        理事会前の正副会議としては初めての会議となる。

         

        組織としては、総代会に議題を提出するのが理事会なら、

        理事会に議題を提出するのが正副会長会議という考え方で商工会の運営を行っている。

         

        県連、県、町などの文書や資料さえあれば、理事会の資料は事務局が作ることはできる。

        しかし、商工会の対応、スタンスや選択を決めるのは、役員、理事会の責務だ。

        事務局主導で進めなければならない案件もあるにはあるが、

        会長はじめ役員の事前の了解は欠かせない。

        商工会の運営は、あくまで役員主導が原則で、職員は単なる事務局に過ぎない。

        これを履き違えると大変なことになる。

         

        もちろん、事務局と役員の考え方が異なる案件もある。

        利害が反するというのはオーバーだが、事務局が希望することと、

        会長はじめ役員の考えることが違う場合がある。

        正副会長会議は、それを調整し、すり合わせることも含めて、

        理事会提出議題を具体的に協議し、商工会としてのスタンスを決定する場でもある。

         

        これまで両論併記のような理事会資料はなかったと記憶しているが、

        正副会長3人の意見が食い違うことは何回かあった。

        事務局も意見を述べて、合意いただくことがほとんどだが、

        どうしても合意に至らない場合は、会長の意見に従った場合が多い。

        しかし、会長の了解のもと、多数決で決した原案を理事会に提出したこともある。

         

        当会は、大型店の出店が相次ぎ、商工業者が急増するなか、会員数も1,000人を超えた。

        一方で、小規模振興法や経営発達支援計画など、商工会が求められるものは深化し、

        役割も年々重要にものとなり、その活動も多岐にわたり、かつ複雑にもなっている。

         

        商工会の立ち位置も明らかに変わってきており、

        「去年もそうでした」

        は通用しないこともあると肝に命じなければならない。

        | shwusr | 08:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        歴史的豪雨
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          梅雨明け後の戻り梅雨で、先週、西日本では歴史的豪雨となったと報道された。

          「歴史的」というからには、「記録に残るほどの」という意味だと思い調べてみた。

           

          今回の大雨は、西日本全体の広範囲にわたって大量の雨を降らせた。

          特に四国の高知県では、3日間に1,000mmを超える雨が降った。

          これは71カ月に降る雨の2倍だというから、その凄さがわかる。

          大雨特別警報も九州、中国、四国、近畿と西日本各地に発令され、

          「これまで経験したことのない災害が迫っている」

          と避難や備えを呼びかけた。

           

          それでも死者、行方不明者を合せると、西日本全体では100人を超え、

          暴風を伴う台風の被害以外では、こちらも歴史的な被害となった。

          土砂崩れなどは山間地に多いから、きっと被害地域は商工会地域も多かったことだろう。

           

          もう10年以上前になるが、商工会の峡中ブロックの職員研修で四国に行った。

          もちろん高知県も訪れたが、その時の四万十川の印象が強かった。

           

          四万十川は、「最後の清流」といわれている。

          それは、上流にダムがないとか、コンクリートの護岸がないとか、

          50橋近い沈下橋があるとか、観光振興策だとか、いろいろな理由があるようだが、

          びっくりしたのは、四万十川の豊富な水量だった。

           

          訪れたのは12月だったが、山梨の川と言えば、

          どこも渇水期で干上がり、川底が見える時期だ。

          ところが、四万十川の水量は豊富で、それがゆったりと流れる様は、

          山梨の急流を見慣れている目には、とても新鮮に映った。

           

          あの水量に歴史的な豪雨が加わったら大変なことになる。

          四万十川は土佐湾との汽水域に200種以上の魚が住む。

          なかでも「四万十川の主」と呼ばれるアカメは裕に1mを超える。

          その名のとおり真っ赤な目を持つ巨大魚だ。

           

          豪雨と濁流が、そこに住む川魚にどんな影響があるのかはわからないが、

          決してアカメも望んではいまい。

           

          歴史的豪雨のニュースを見ながら、そんなことが頭を過った。

          | shwusr | 08:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          主張発表
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            青年部と女性部には、毎年、都道府県大会、全国の各ブロック大会、全国大会

            という段階を踏む主張発表大会がある。

            今年は、当会女性部の古島麻生子さんが、県大会で優勝し、

            7月3日に神奈川県で開催された関東ブロック大会に、山梨県代表として出場した。

             

            古島さんは女性税理士で、当会女性部の役員でもある。

            発表の内容は、ごく大まかに言うと、

            半世紀たった女性部活動を原点に返って見直してみようというもの。

             

            女性部は、昨年、組織化50周年の節目を迎えた。

            最近は、コミュニティービジネスや特産品開発など、女性部活動も多岐にわたっている。

            女性部員は、古島さんのように、自らが事業主で、

            自分の代わりがいない経営者の部員が増えている。

             

            女性部の活発な活動を否定するわけではないが、

            女性部活動に熱心なあまり、自身の事業に支障が出たのでは本末転倒だ。

            古島さんの主張は、自己研鑚や社会貢献、情報交換や親睦といった本来の活動を、

            企業のゴーイングコンサーンに擬え、できることを継続して行うことが大切だという主旨。

             

            手元の発表原稿を一瞥もせず、堂々と語りかけるように話す見事な発表に、

            県大会では審査員の理解が得られたが、

            関東1都10県の代表が集まった関東大会では、

            なかなか審査員の理解が得られなかったようだ。

             

            しかし、5年後、10年後まで続いていく活動こそ本当の女性部活動ではないか。

            一過性のブームに乗った打ち上げ花火のような活動は、

            半世紀の女性部活動からみると一瞬に過ぎず、

            根を張ることもなく、いずれ忘れ去られてしまう気がする。

            女性部の役員や部員が変わっても受け継がれていく活動こそ

            本来の女性部活動のような気がする。

             

            「主張」がなければ主張発表ではなく事例発表になる。

            主張発表大会というからには、訴えるものを審査の柱に据えるべきではないか。

             

            古島さんが、大会翌日事務所を訪れ、

            「精一杯できました。思い残すことはありません。いい経験をさせてもらいました。

            応援いただいた皆様によろしくお伝えください」

            と爽やかな笑顔でおっしゃったのがとても印象に残った。

            | shwusr | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            梅雨の戻り
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              先週は梅雨の戻りでぐずついた日が続いた。

              梅雨が明けた後に再び梅雨のような天気になることを

              「梅雨の戻り」、あるいは「戻り梅雨」というらしい。

               

              日本気象協会によると、梅雨明けをもたらした小笠原高気圧が弱まり、

              梅雨前線が再び南下・活発化することで梅雨のような雨模様の天気が続くらしい。

              通常は7月下旬〜8月上旬の季節らしいが、

              平年ならまだ梅雨の時期にあたる7月上旬に梅雨の戻りとなるのは、

              おそらく初めてではないか。

               

              今年の梅雨の戻りには、おそらく台風が影響している。

              フィリピンの東の海上で発生した台風7号がゆっくりとした徐行運転で北上し、

              高気圧を押しのけて前線を押して、梅雨の戻りをもたらしたのではないか。

              西日本では、梅雨明けというのに豪雨に見舞われ、被害も出ていた。

               

              梅雨が明けてホッとした向きもあったとは思うが、

              気を抜くと思わぬ落とし穴が待っていることもある。

              とはいっても、気象条件だけはどうしようもない。

               

              当会の支部対抗グラウンドゴルフ大会は、ことしから秋の開催に変更となった。

              はじめた当初はよくわからないが、会場こそ町内を何か所か移ったが、

              ここのところ7月の第一土曜日の開催が定着していた。

               

              7月上旬は、まだ梅雨の真っ最中で、雨模様のことが多い。

              少々の雨なら涼しくてかえってプレーしやすいときもある。

              参加者も最近は100人前後に上り、グラウンドゴルフなので、高齢の会員などが多い。

              そんな梅雨時の開催だったが、数年に一度位の割合で、

              梅雨の晴れ間の猛暑日になることがあり、炎天下でのプレーは熱中症に要注意だ。

              日程を変更した今年は、いつもならグラウンドゴルフ大会を開いている7月7日は、

              幸か不幸か梅雨の戻りで猛暑日とはならなかったが、既に梅雨明けしており、

              台風7号が接近しなかったら、どうなったかわからない。

               

              そう思うと、思う通りにならない気象条件に翻弄されるより、

              リスクを避けて安全第一の日程を組むのが事務局の役割でもある。

              | shwusr | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              織姫と彦星
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                先週の土曜日、7月7日は七夕だった。

                七夕も二十四節気七十二候のひとつだと思っていたら、

                二十四節気では7月7日は小暑という。

                暑さが本格的になる頃にあたる。

                 

                では七夕は何だろうと思って調べてみた。

                七夕はどうも奈良時代に中国から伝わってきたと言われている。

                中国には古来「乞巧奠(きこうでん)」という風習があり、

                裁縫の上達を願う女性たちが、庭で針に5色の糸を通し、貢物を祭壇に供えて、

                裁縫や機織りの上達を祈願していたという。

                その裁縫を司る星がこと座のベガで、織姫星と呼ばれていた。

                一方、わし座のアルタイルは牽牛星(彦星)と呼ばれ、農業を司る星だった。

                 

                その織姫と彦星が旧暦の7月7日頃(現在の8月12日頃)に最も強く光ることから、

                年に一度、この日だけは織姫と彦星が巡りあうことができる日とする

                七夕伝説が生まれたらしい。

                 

                これに、我が国で、古来7月7日の夜に行われていた秋の豊作祈願の行事が結びつき、

                端午の節句などと並ぶ五節句のひとつとして、

                笹に願い事を書いた短冊を飾る現在の七夕に「進化」してきたと言われている。

                 

                そこで、織姫と彦星の話に戻ると、

                2人は年に一度だけ逢えるというロマンチックな物語だと思われがちだが、

                実は少し違うらしい。

                 

                真面目で働き者だった彦星を見初めた織姫の父である天帝が、

                織姫と引き合わせたところ、夫婦になった2人は、

                天の川のほとりで毎日働きもせずに仲睦まじくしていたため、

                怒った天帝が、真面目に1年働けば、年に1日、七夕の夜だけ逢わせてくれる

                ということになったらしい。

                 

                つまり、真面目に働いた褒美が七夕の夜の織姫と彦星の輝きということらしい。

                ただ1日のためだけに毎日せっせと働くと思うと切ないが、

                織姫も彦星もきっと日々の忙しさのなかに、喜びを見出して過ごしているに違いない。

                | shwusr | 08:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                観測史上初
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                  先週の金曜日、6月29日に梅雨明けの時期について書いたら、

                  何と今年はその日が梅雨明けだった。

                  平年と比べると3週間以上も早く、もちろん史上最速の梅雨明けで、

                  6月に梅雨が明けたのは、観測史上初めてだという。

                  最近、気象の現象で「観測史上初」というのがやたら多いように思うが、

                  気のせいだろうか。

                   

                  梅雨入りが6月6日だったから、梅雨の期間はわずか23日ということになる。

                  異常気象と一言で片づけるには、あまりにも短い梅雨だった。

                   

                  梅雨の時期も含めて四季の気候を元に様々なものが成り立っている。

                  例えば飲料水はダムが水源のところが多いが、

                  夏に向けた水量は確保できるのだろうか。

                  郡内地方には、傘を作っている業者が多いが、最盛期が短かったことで、

                  過剰在庫になっていないだろうか。

                   

                  一方、早い梅雨明けで、暑さで列島が覆われる期間も長くなった。

                  夏物衣料は期待できるかもしれない。

                  エアコンなどは売れ行きが好調になるだろう。

                   

                  そう考えると、短い梅雨の功罪は事業者を直撃することがある。

                  会館の緑のカーテンのホップも、梅雨の時期は水遣りがほとんど必要ない。

                  しかし、7月の初めからホースに穴を空けただけの自動散水装置がフル稼働だ。

                   

                  気象庁の予報では、7月は暑いらしい。

                  もう梅雨明けしているから、晴れの日が多いのは当然だが、

                  8月も同じように晴れの日が多いという。

                  そうすると猛暑日も増え、「暑い夏」が予想される。

                   

                  もう既に熱中症の患者も増えている。

                  暑さ対策に万全を期して、暑い夏を乗り切るしかない。

                  | shwusr | 07:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  ブロック注射
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                    昨日、職員の協議会のブロックについて書いたが、

                    ブログをアップしたら、ちょうどある会員が来所して、

                    ブロック注射の話になった。

                    意味が違うことはわかっていても、

                    「ブロック注射が効いた」

                    「ブロック注射で痛みが和らいでいる」

                    と盛んにブロック、ブロックと言われて、妙な感じになった。

                     

                    ブロック注射は、痛みをブロックする注射だと思っていたが、

                    どうもそればかりではないらしい。

                     

                    ブロック注射は痛い患部の近くの神経に麻酔を注射するものだが、

                    神経を麻痺させて一時的に痛みを和らげるだけではないらしい。

                    痛みが始まると、神経が興奮状態になり、血管や筋肉が緊張し、血行が悪くなる。

                    それがまた痛みを増幅させるという悪循環に陥るらしい。

                     

                    ブロック注射は、その悪循環を断ち切ることで、血行が改善され、

                    麻酔が切れても痛みが和らいだ状態が続きやすいらしい。

                     

                    そもそもブロック(block)は外来語で元は英語のはずだからと辞書で調べてみた。

                    ブロックの語源はどうも木や石の塊(かたまり)らしい。

                    そこから派生すると、コンクリートブロックもありだし、

                    かたまりという意味では商工会の職員ブロックも理解できる。

                     

                    イギリスでは積木をブロックというし、

                    アメリカでは街区をブロックという。何ブロック先とかいうときの使い方だ。

                     

                    一方、注射の方は、障害物とう意味からきていて、

                    日本語では「ブロックする」という使い方をする。

                     

                    ブロックも意味を間違えると障害にもなる?

                    | shwusr | 08:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    ブロック
                    0

                      現在、県内の商工会は4つのブロックに分かれている。

                      東から富士・東部(旧郡内)、峡東、峡南、中北の4ブロックだが、

                      その前は、長く県内47商工会の期間が長かったが、

                      商工会合併が進み、県下23商工会と当時の半分になった。

                       

                      商工会合併の少なかった富士・東部ブロックは、今でも8商工会と最も多い。

                      一方で、合併が進んだ旧峡北ブロックには、北杜、韮崎の両市商工会しかない。

                      そこで、商工会としては旧峡中と旧峡北の両ブロックが合併し、

                      現在は中北ブロックとなっている。

                       

                      しかし、ブロックの職員協議会はまだ峡中と峡北のままで、

                      合併が進んでいなかった。

                       

                      先日の峡中ブロックの職員協議会の役員会で、

                      新しいブロック職協会長の強い意向もあり、

                      峡中と峡北の合併を検討することになった。

                       

                      ブロックの職員協議会には、それぞれの生い立ちがあり、

                      活動内容も少しずつ違う。事業費などの負担も、商工会が全額負担するブロックと、

                      職員が一部負担しているブロックとに分かれている。

                       

                      しかし、峡中と峡北の職員協議会が合併できなかった要因のひとつは、

                      その職員数の多さだ。おそらく職員総数は70名前後となり、

                      ひとつのブロックとして活動するには数が多すぎるという難点がある。

                       

                      しかし、全員が参加する事業はそれほど多くなく、

                      半数ずつとか職名毎とか、工夫次第でクリアできそうな気がする。

                      負担金の問題も、他のブロックも参考に、仕事に役立つ研修や共同事業、親睦など

                      職員協議会の本来の性格を考えれば、自ずと答えは出てくる気がする。

                       

                      商工会合併から10年が過ぎ、ブロックの職員協議会も

                      そろそろ真剣に合併を検討してもいい時期を迎えていることは確かだ。

                      | shwusr | 07:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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